昭和恐慌(しょうわきょうこう)は、1929年秋にアメリカで起き、世界中を巻き込んでいった世界恐慌の日本関係の部分の総称である。日本でもほぼ同時に波及が起こり、すぐに深刻なものとなっていった。戦前に日本で起こった恐慌の中で最も深刻なものであった。
第一次世界大戦中は大戦景気に湧いた日本であったが、戦後欧州の製品がアジア市場に戻ってくると、戦後恐慌が発生し、関東大震災後それはいっそう悪化した(震災恐慌)。
以後も、片岡直温蔵相の失言による取り付け騒ぎから発生した昭和金融恐慌(1927年)に代表されるように、日本経済は慢性的な不況が続き、為替相場は動揺しながら下落する状況が続いた。このような状況下で成立した立憲民政党の濱口雄幸内閣は、日本製品の国際競争力を高めるために産業合理化政策を進め、中小企業の多くが倒れることとなった。また、井上準之助蔵相は徹底した緊縮財政政策を進める一方で正貨を蓄え、金解禁を行うことによって為替の安定を図ろうとした。
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緊縮財政によって約3億円の正貨が準備され、日本は1930年1月に金解禁を行った。しかし、前年の11月にアメリカ合衆国のニューヨーク・ウォール街で起こった株価の大暴落による恐慌は既に世界中に波及しており(世界恐慌)、日本の金解禁はその影響をまともに受けることになってしまった。しかし、金禁輸前の旧平価での解禁であったため、実質的には円の切り上げとなり、井上蔵相の狙いとは裏腹に輸出は激減した。